馬鹿の独り言

物忘れの酷い俺のためだけのブログ

三浦しをん/舟を編む

舟を編む (光文社文庫)

舟を編む (光文社文庫)

 

 

 

俺はラノベしか読まないと言ったな。

あれは嘘だ。

 

俺は、働きたくない。好きな四字熟語は「不労所得」。働かずに給料だけ欲しい。

しかしそれと並んで、つまらない仕事はしたくないとも思っている。やるからには熱心に仕事に取り組み、1つずつ成果を積み上げていきたい。自分の仕事に対しては、情熱的でいたい。何故なら、サラリーマンの人生は「睡眠・仕事・その他の時間」で3分割されているからだ。人生の1/3を占める仕事に対してただ漫然と死んだように取り組むということは、自分の人生の1/3を無駄に潰すことに他ならない。そんなのは流石に勿体無いと思うし、働きたくない俺の怠惰な気持ちと比べても、コスパが悪いと思う。だから、俺は働きたくないけど、仕事に熱心に真摯に取り組む人は好きだ。

結果的に俺は、小説・映画・アニメとメディアミックスを制覇した。内容が大変気に入ったというのもあるし、Amazonプライムで映画とアニメは無料で観れたから、媒体毎に比較してみようと思ったからだ。

それぞれを見比べて最初に思うのは、西岡の動かし方が全く違う。

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西岡が辞書編集部から異動になるまでは、どの媒体でも概ね同じだった。しかし、麗美にプロポーズする辺りから最後までずっと、西岡の動き方が大きく異なっている。

西岡が麗美との結婚を決める流れは

小説:学生バイトにラーメンを奢る道中、自分の気持ちに正直になる

アニメ:社内恋愛を隠したいために避けていた飲み屋に、バレても良いかと思って誘う

映画:馬締と麗美と3人で飲んでる時に酔って号泣してプロポーズ

と、それぞれ大きく違っている。その後も出てくる頻度が全く違っており、最も多く出てくるのはアニメだ。他にも相違点は多くある。今まで1つの作品を3つものメディアで比較するなんてしたことがなかったので、媒体によってこんなにも見え方・見せ方が違うのかと驚いた。

小説は、やはり心理描写に優れた媒体だ。何を考えているのか文章でダイレクトに伝わってくるので、キャラクターを掴むという点においては最も優れている。しかし当然映像ではないので、情景がイメージしにくいという難点がある。だからこそ、良い小説は映像化されるわけだけど。

アニメは、実写映画に比べて原作の再現度が高い。映画で西岡を演じているのは、オダギリジョーだ。西岡は軽薄すぎるチャラ男というキャラだったけど、映画ではオダギリジョーの個性に引きづられて、普通に渋くてカッコいい感じになっている。アニメでは原作通りに有能なチャラ男だったので、俺のイメージする西岡に近いのはアニメの方だった。アニメの問題といえば、時間の制約があることか。1話23分くらいで緩急をつけないといけない為か、描写が大味になりがちだと思う。原作だと後半あまり出てこない西岡がアニメでは結構な頻度で出てきたのは、真面目でテンション低めなキャラクターが多い本作の中では、唯一軽くて動かしやすいキャラだったからではないかと思う。

映画で特に良いと思ったのは、舞台のイメージが鮮明になったことだ。例えば、用例採集カード。映画ではとても古くて黄ばんだカードから最新の白くてピカピカなカードまで、様々な用例採集カードが出てきていた。そういう小道具から、辞書編集部が本当に長い間辞書作りに取り組んできたという空気がよく伝わってきた。他にも辞書編集部のある玄武書房旧館の雰囲気とかも、俺が過ごした高校のように古くて崩れそうな空気を出していて、辺境に追いやられた部署なんだと感じられる。こういった質感の表現に関しては、実写でなければ再現できないと思う。

 

総じて良い作品だった。松本先生が亡くなった時とかボロ泣きしたしな。最近仕事がキツくて正直やってらんねーなと思うけど、少しでも良い仕事ができるよう、頑張ろうと思った。