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馬鹿の独り言

物忘れの酷い俺のためだけのブログ

ラノベディケイド

小説

年末年始は、ラノベばっかり読んでいた。

もうなんか真面目くさって色々ぐちゃぐちゃ考えるのがめんどかったんだ。まぁそういう時もある。

俺がラノベを読み始めたのは、高校2年くらいの頃だったと思う。もう10年以上前の話だ。今にして思えば、ちょうどその頃は「ラノベ」という分野がいよいよ本格的に1つのジャンルとして確立され、成長を始めたくらいの時期だったように思う。「キノの旅」とかがスタートしたくらいの時期である。ちなみに俺が初めて読んだラノベは「しにがみのバラッド」というやつだ。

しにがみのバラッド。 (電撃文庫)

しにがみのバラッド。 (電撃文庫)

 

当時世の中舐め腐ったナメクジのようだった俺は、これの猫の話を読んでボロ泣きして初めてラノベ界へと足を踏み入れた。以後10年以上たっても、小説はほとんどラノベしか読まない。

良い機会なので、俺が今まで読んだ中で特に思い出深いものをいくつか振り返ってみようと思う。

 

文学少女シリーズ

“文学少女”と死にたがりの道化 (ファミ通文庫)

“文学少女”と死にたがりの道化 (ファミ通文庫)

 

名作である。思い返せばぐっちゃちゃでドロドロな面倒臭い人間の流血系くんずほぐれずな話だったと思うけど、当時の俺はこの作品をえらく気に入っており、新刊をとても楽しみにしていた。サブタイトルが微妙に中二病臭いのもまた良かった。俺が読書を習慣とするきっかけになったのは、このシリーズのおかげだ。実家の本棚には未だに全巻しっかりと鎮座しており、俺の原点である。どこが良かったのかと考えてみれば、やはり登場人物の心理描写が非常に繊細だったことだと思う。当時の俺はそう思っていた。今読み返したら、どう感じるかはわからない。

 

②此よりは荒野

Gunning for Nosferatus1 此よりは荒野 (ガガガ文庫)
 

5回くらい読んだ。ガガガ文庫黎明期、本屋で本棚を睨みつける以外にすることのなかった俺は、宇宙の意思に導かれてこの本を手に取った。本好きであれば、こういう経験は一度はあるだろう。初めて読んで以来、俺は何回も読み返した。展開はベタだし設定はありきたりで、要素だけ見ればそこまで惹かれるようなことは無いと思われる。しかし、文章が圧倒的にカッコいい。無駄にカッコいい文章といえばやはり「奈須きのこ」が真っ先に出てくるだろう。奈須きのこの文章は確かにギットギトの中二病でとても大好きだけど、あれほど華美ではなく、ストイックなカッコよさをこの作品は醸し出している。銃や戦車のカッコよさに似てるだろう。でも、嘘つきだ。サブタイトルに「gunning for nosferatus 1」と書いてあるのに、続刊が一向に出ない。いつまで俺に夢を見せるつもりだ。いい加減にしろ。

 

③バカテス

バカとテストと召喚獣

大好きだ。1巻をなんとなく買って帰りのバスで読んでたら、笑いが止まらず腹を抱えて痙攣していたので同乗者のお婆ちゃんに心配されたのが非常に恥ずかしかった。どこが面白かったかと聞かれると、お笑い芸人にギャグの解説を求めるようなものなので上手くは言えない。このラノベは後にまさかのアニメ化を果たし、俺としてはとても心配だったけど、アニメはアニメでよく出来ており、アニメも大好きだ。ひたすら明るく、読んだ後は元気になれる作品である。明久シネ。

 

空ろの箱と零のマリア

2009年から2015年まで、完結まで6年もかかったクソみたいな長期休暇シリーズだ。もう完結しているからこれから読む人には関係無いけど、リアルタイムで発売を悶えるほど楽しみにしていた俺はとってもやきもきさせれられたものだ。1巻の面白さに圧倒されて、2巻以後も買ったその日に読破してしまうほどにのめり込んでいた。この作品の面白さはどこかといえば、ミステリー的な要素を合わせて津波のように押し寄せる苛烈な展開の数々だろう。下手にシリアスぶって単なるオナニーじゃねーかというようなシリアスさと違って、この作品の人物達は全員、純粋に前向きな気持ちで自分の両脚を切り落とすような決断を下す。もっとマシな選択はできなかったのかと思うけど、それでも彼らが前向きに希望に向かっているように見える辺り、真っ向からバカにすることもできない。そういう心理がこの作品の苛烈さを一層引き立てていて、シリアス系ラノベであればこの作品に勝てるやつを俺はまだ知らない。そんなだから、最後はちゃんとハッピーエンドなので安心していい。にしても、完結まで6年も経ってるからか、挿絵の絵柄が変わりすぎだろう。確実に萌えベクトルに偏ってしまっている。初期の方が好きだ。

 

終わりのクロニクル

終わりのクロニクル 1(上) 電撃文庫 AHEADシリーズ

終わりのクロニクル 1(上) 電撃文庫 AHEADシリーズ

 

この作品に出会ったのは大学生の頃。大学前のTSUTAYAでなんとなく1巻を買ってみたのが全ての終わりだった。以後、ひたすらこの作品を読み続けた俺は、気付いたら簿記の単位を落としていた。4単位だった。痛かった。

俺は、熱血系が大好きである。 とにかく熱いのは良い。でも熱血大好きな俺にもツボというものがあって、近年では熱血アニメの代表作とされる「グレンラガン」とかは、あまり好きではない。俺が好きな熱血系というのはどんなものなのかという点については熟慮する必要があるものの、少なくともこの「終わりのクロニクル」は、俺のツボどころかもう脊髄まで押さえられるほどに大好きだ。一番好きなラノベは何かと聞かれれば「それはもちろん終わりのクロニクルだ」と即答する。特に俺が好きなのは2巻だ。何度読んでも、奈津さんの最後の言葉が身に染みる。作者のキモさについてはここでは語るまい。この作品の良いところは、大人がひたすらカッコいいところである。ラノベとは「ティーン向け」という前提がある以上、10代の若者が中心人物となりがちであり、何故か両親が不在だったり寮に住んでたりとかが不自然なまでに多い。だからこそ、大人がカッコいいラノベは絶対に良い作品だと、俺は今までの経験上断言する。今までの人生で俺に最も大きな影響を与えたラノベはこの作品だし、これから先も、これ以上のものは出ないんじゃないかと思っている。劇場版とかで全章アニメ化してくれないかなー。絶対にブルーレイ全巻揃える。

 

いい歳こいてラノベとか恥ずかしくないのかという意見についてはともかくとして、俺はこれからもラノベばっかり読むだろう。何故俺が小説ならラノベばかりなのかというと、現実の小説を読んだって普段の自分の生活と変わらないからだ。シリアスな小説はもう現実で十分シリアスなのでこれ以上は欲しくないし、恋愛小説とかも別にそこまで興味は無い。かろうじて興味があるのは、ミステリーだ。ミステリー小説は、高校から大学にかけてくらいの頃にひたすら読み漁っていた。SFとかファンタジー小説も好きだし、ラノベに比べれば量は少ないけどちょっとは読む。つまり俺がここで興味が無いといっているのは、いわゆる「文芸」とか呼ばれる分野の作品のことと言えるのかもしれない。何か面白い文芸小説とかあるんだろうか。あるなら教えてほしいもんだ。

10年も経てば、当時と比べれば俺も随分変わったものだという自覚がある。昔の自分では考えもしなかった事を今は毎日のように考えるし、知識面でいえばもう別人の様だろう。とはいえ、昔の自分を捨てたわけではない。今も変わらずアニメや漫画やゲームは大好きだ。2ndGから10年くらいやり続けているモンハンも、ダブルクロスは当然のように予約済みだ。つまり、俺は童心を忘れず捨て去ることなく、その上に順調に積み上げて成長してきていると思っていいのかもしれない。

そんな童心を忘れない俺も一応は大人になってしまったので、一丁前に大人な悩みを抱えている。最近残業キツいんだよな。年明けてから残業エブリデイだしな。自分の目的を達成するには、現状、金が全く足りないとかさ。あとやっぱりアレだよ。働きたくない。働かずに給料だけ欲しい。どうすればいいのかな。ダメか。

 

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俺とフランス革命

歴史

イノサン」読んだから。

ここ最近、フランス革命ブームが来ている。

俺は今まで、ローマや第一次大戦くらいの、古代や近代の歴史については多少齧ってきた。しかし、中世については全くと言っていいほど知らない。そんな時に「イノサン」に出会った。主人公であるシャルル=アンリ・サンソンについては、スティールボールランジャイロ・ツェペリのモデルであるということで、名前くらいは知っていた。俺はジャイロが大好きだったこともあって、良い機会だと思いフランス革命についていっちょ噛り付いてみるかと思った次第である。

何冊か本を読んだところ、面白い面白い。こんなに気分が昂ったのは、ハンニバル辺りのローマを学んでいた時以来だ。

そんな想いも高じて、この記事を書いている今日(2016/11/27)は、六本木ヒルズで催されている「マリー・アントワネット展」に行ってきた。

www.ntv.co.jp

本で見覚えのある絵画やマリー・アントワネットがギロチンに連れてかれる時に脱げた靴などが見られたのは、非常に感慨深いものがあった。写真が撮れるエリアも用意されていて、全体的に満足な展示だった。

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さて、フランス革命は功罪両面ある大きな歴史の畝りである。ではフランス革命の主役は誰だったのかといえば、人に応じて意見が分かれるだろう。

マリー・アントワネット

ルイ16世

シャルル=アンリ・サンソン

ロベスピエール

ブルジョワ

貧民

色々とあると思う。

しかし、やはり俺が一番の主役だと思うのはコイツだ。

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「ギヨたんguillotine」などという萌え気分高まる名前のコイツは、出生からして完全に主人公枠だ。俺達の良く知る「ギロチン」とは英語読みであり、guillotineはフランス語読みでは「ギヨティーヌ」という。ギヨタンという名前だけ出して大して貢献していない医師の名前から取られたらしい。俺の気分上、ここでは「ギヨたん」とする。

ギヨたんは、当時のフランス国王であるルイ16世、死刑執行人のシャルル=アンリ・サンソン、外科医のアントワーヌ・ルイの共同制作にて産み出された。 王族の血を引き、死神に育てられ、人々の自由と平等のために造られたのだ。

どうやら革命前のフランスでは、死刑は考えるまでもなく当然必要なものと捉えられていたようだ(現在のフランスでは、死刑制度は廃止されている)。ただし死刑執行の方法は貴族と平民で差別されており、それを一元化すべく、最も苦痛が少なくお手軽に執行できる死刑が模索された結果、ギヨたんが産まれた。つまり、ギヨたんは当初、人道的な目的で産み出されたのである。

革命前は 、同じ罪を犯して死刑の判決を受けても 、貴族なら斬首刑 、一般庶民なら絞首刑というふうに 、身分によって処刑方法が違っていた 。われわれ日本人にはピンとこないのだが 、斬首はフランス人にとっては高貴な処刑方法なのである 。これは 「人間の平等 」の原則に反する 、身分の如何を問わず処刑方法は同一でなければならないという議論が 、ギロチンが誕生するそもそものきっかけだった 。

物語 フランス革命―バスチーユ陥落からナポレオン戴冠まで (中公新書)より引用

ギロチンというと世間では恐ろしいイメージを持たれているものの、その産まれは尊いものだった。どこぞの新興ユダヤのアイツみたいだ。しかしギロチンが無ければ、フランス革命があんなにも血を流すこともなかった。ギロチンは、自由と平等の理想から産まれた。しかし結果として、産みの親であるルイ16世を殺し、死刑執行人サンソンを絶望に突き落とし、その後もあまりに多くの人間を、実にあっさりと簡潔に殺してしまった。

フランス革命を考える上で避けられないのは、やはり死刑制度をどう考えるかだと思う。死刑制度が必要か否かについては、古今東西あまりにも多くの人が議論の対象としてきた。ここで俺も、自分の考えを纏めておこうと思う。

俺は今のところ、死刑制度は必要だと思っている。

第一に、死ぬのは怖い。俺は死刑になるような犯罪をしたことがないので死刑囚の気持ちはわからないけど、死ぬのが怖いのはわかる。犯罪をすると死刑になる可能性があるという事実が頭にチラつくだけでも、犯罪をしようという気持ちにブレーキがかかるんじゃなかろうかと思う。

第二に、冤罪や誤審の可能性だ。これに関しては、確かに悲惨という他無い。ただこれは、局所的には司法や警察の問題だ。俺が冤罪に巻き込まれて死刑宣告でもされたらと思うと確かに怖いけど、だったらどうだというのか。死刑が無くなっても、前科者になってしまえば、社会的には死刑とそう変わらないだろう。終身刑でも同じ事だ。冤罪や誤審による悲惨と死刑とは、また別の問題ではないのかと思う。

第三に、死刑が無くなるとすると、最高は終身刑ということになる。囚人を養うにも税金が必要だ。囚人の生活費、監獄の運営費などなど。こんなものに税金を払うくらいなら、サクッと死刑にしてくれた方が随分と安上がりだ。最高が終身刑になるということは「最悪な犯罪をやらかして終身刑になれば、死ぬまで国が養ってくれる」という誘因が働きかねない。自分で言ってて性悪説だなとは思うけど。

ニュースを見ていると、何年かに一度は「コイツは死刑にした方が良いんじゃないか」というような悲惨な事件を目にする。どんな事件を頭に浮かべるかは人それぞれだけど、一度でもそう思ったことがあるなら、死刑制度はある程度必要だと思っている証拠だ。フランス革命を見ていると、死刑制度は廃止した方が良いとほぼ確信的にそう思ってしまう気分になる。死刑が必要か否かというのは人類の永遠のテーマの1つだと思うし、これを機にもう少しじっくり考えてみたい。

フランス革命―歴史における劇薬 (岩波ジュニア新書)

フランス革命―歴史における劇薬 (岩波ジュニア新書)

 

自由と平等を掲げるフランス革命だが、現在の我々の感覚からすれば「フランス革命なんて嘘っぱちだ。ブルジョワが貴族の特権を崩して金儲けがしたかっただけだ」という意見も出てくるだろう。フランス革命での人権宣言において、自由や平等を持つと規定されたのは白人男性だけだったし、どの階級に属する人民を人権宣言で保証するのかについては、かなり口汚くすったもんだしたからだ。王族を含み余りにも多くの人を殺しすぎたフランス革命が成功だったか失敗だったかでいえば、失敗だったと俺は思う。フランス革命の直後にはナポレオンが帝国を築いているし、その後も王政復古とかしちゃっている。アホかいなと思うけどしかし、フランス革命を契機に我々人民の頭に自由と平等の観念が根付き、その延長線上に俺たちの今の生活がある。そう考えれば、決して無意味ではなかったんだろう。

自由と平等を謳歌し、静かな夜に風呂上がりの炭酸水を飲みつつブログが書ける。

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大便通 知っているようで知らない大腸・便・腸内細菌 (幻冬舎新書)

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最近、うんちの話をするようになった。

どうしてかという理由は言えないものの、うんちだ。1日5回くらいは言ってる気がする。そこで思った。

俺は、うんちのことを何も知らないじゃないか。

 

本の結論は、この一言だ。

「ヨーグルト食べよう」

構成は非常にわかりやすい。

まず、我々の腸はどのようなものなのかを説明する。次にどんな病気が懸念されるかを示し、最後にその予防策を述べる。その予防策として提示されるのが、ヨーグルトだ。

俺にとって、ヨーグルトは1つの関門だ。俺は昔から腹が弱い。ヨーグルトは主に朝食として食べられるものだと思うけど、俺は朝にヨーグルトなどの乳製品を食べるとほぼ100%腹を壊す。哀しい。

この本を読んでからというもの、トイレに行くとうんちの様子をチェックするようになった。

実家を出てからはとりあえず毎日、野菜は欠かさず食べるようにしている。そのせいか最近では、毎日1〜2回くらいはうんちが出るようになった。実家にいた頃は、うんちの頻度にはバラつきがあった。主な原因は、飲み会が減ったことだ。実家暮らしの社会人なんて、金が余って仕方がない。毎晩のように飲みに行っていたし、ランチも充実していた。それが今や、昼はおにぎり2つで夜は自炊だ。それで毎日野菜は欠かさない。そりゃ腸の調子も良くなるってもんだ。

うんちがちゃんと健康的に出るようになったのは良い。しかし、どう良くなっているのかはわからなかった。それがこの本を参考にすることによって、自分の腸の状態を客観的に分析することができるようになった。これは大きな違いである。

俺は、その時出したうんちを見て

「このタイプのうんちが出たのは、恐らく昨日アレを食べたからだ。でも異常な色や硬さや匂いはしていないので、現状は問題無いと思われる。うんちが出るサイクルも標準的だし、便秘などの心配は全く無いだろう」

などといった推察ができるようになった。うんちについてはこの本を1冊読んだだけなので、素人に毛も生えていない程度でしかない。それでも、自分の健康状態に何らかの客観性を自分で持たせることができるというのは、日々を過ごす上で安心感が全く違う。俺のようなサラリーマンにとって、健康は死活問題だ。日々のチェックは絶対に欠かせない。

俺は野菜はよく食べるけど、海藻も同じくらい好きだ。サラダを買ってくる時はほぼ必ず海藻サラダだし、今もおしゃぶり昆布を食べながらこの記事を書いている。本ではあまりフォーカスされなかったものの、昆布も腸内環境を整える上では非常に効果的らしい。

うんちを学ぶということは、腸を学ぶということだった。これからも毎日元気にうんちを出していこうと思う。

仕事を中断する口実にもなるしな(小声)