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馬鹿の独り言

物忘れの酷い俺のためだけのブログ

鹿の王と医学の歴史

 上橋菜穂子さんといえば、やたらハードな世界観のファンタジー小説家として有名だ。ファンタジーと言っても現代的ではなく、舞台設定は古代~中世くらいのものが多い。

最近は「精霊の守り人」がドラマ化されたこともあって、ブームが来ている感がある。

 

www.nhk.or.jp

アクション凄かったな~とかやっぱ吉川晃司かっこよすぎんよ~とか色々と思うところはあったものの、原作のファンとしては非常に楽しめた。どうやら原作全部ドラマ化するようだし、個人的には早く「闇の守り人」が見たい。

さて

ちょっと前にその上橋さんの新作が出たということで、今更ながらに読んでみた。

この本の主役は、かつて1つの国を滅ぼした病である。その病を中心に「その病に罹っても生き延びた男(ヴァン)」と「その病の原因を探る男(ホッサル)」の話が同時並行で展開され、小説後半で合流していく。

このメインとなる対立軸の他にもう1つ、裏テーマとも言える設定が流れている。

それは「病とはなにか」という認識についてである。

ストーリーが進むにつれて、実は病はウィルス性のもので、狼やダニを媒介として血液感染が広がっていく類のものであり、ある食品にそのウィルスへの免疫を高める作用があるというのが明らかになってくる。そして、そのある食品を継続的に摂取する習慣のある民族は生き延びてそれ以外の民族は死ぬので、生き延びた民族は神に選ばれたと勘違いをする。この勘違いや舞台となる国の情勢が絡み合って色々とややこしいことになっていくわけだが

つまり

「病は神の采配」「病は人為的に乗り越えられる」

という裏の対立軸が展開されている。

古代的な雰囲気のファンタジーであれば、こういった対立を描くのは良いと思うし、実際緊迫感があって面白い小説だった。

そこで気になった。実際はどうだったのかと。

にわかに医学の歴史に関する興味が湧いた俺は、この本を見付けた。

医学の歴史 (講談社学術文庫)

医学の歴史 (講談社学術文庫)

 

 内容は、その時代にメインで活躍した人たちの業績をひたすら挙げていって、医学がその人々によってどのように推し進められてきたかという内容だったので、聞いたことの無い名前が多すぎて正直なに言ってるかわからない部分は多かった。とはいえ、時代に応じて人々が病をどのように認識していたか、ある発見によって病に対する認識がどう変わっていったのかという点は把握することができたので、目的は達した。

遥か古代、まだ科学という概念が無かった頃は、病も天災も全ては神の采配だったらしい。まぁそうっすよね。そしてこの流れを最初に断ち切ろうとしたのは「ヒポクラテス」だ。

ヒポクラテス - Wikipedia

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ヒポクラテスは、病を神の采配ではなく、自然の摂理と経験により分析・対処が可能であるとして色々と頑張った人だ。彼が活躍したのは紀元前460年頃であり、まだ薬による治療という考え方が存在していなかったので、環境を清潔にしてきちんと休息を取るのが一番の健康法であるという主張に止まったようだ。

ホッサルは薬や少しの外科手術、体液感染といった技術や知識で病(黒狼熱ミツツアル)と戦おうとするため、ヒポクラテスよりは何世代も進んだ人間であると思われる。ホッサルは黒狼熱に対し、同じ黒狼熱から作った抗体を作ろうと躍起になるため、ウィルスに対する抗体という考え方が我々人類史上に出来た時期と考えると、時代は大きく下って近代に来てしまう。

エドワード・ジェンナー - Wikipedia

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エドワード・ジェンナーは1800年前後に活躍した人で、天然痘に対してより症状の軽い同種のウィルス(牛痘)を予防接種することで免疫を作り、天然痘に勝利しようとした人だ。彼の尽力のおかげで後世に天然痘は撲滅され、彼は「近代免疫学の父」と呼ばれるようになった。作中でホッサルが取った手段はこれに似たものであるため、ぶっちゃけこの人がモデルなんじゃないかと思わなくもない。

 

結果として「鹿の王」が我々でいえばどの時代くらいになるのかというのは、決定的なことは判定できなかった。色んな時代の考え方を摘み食いしている。病を神の采配と捉えていた時代は、古代だけではなくキリスト教がはしゃいでいた中世もそうだったらしいので、強いて言うなら中世から近代辺りなのか。とはいえこれはあくまで医学から見ただけなので、作品の他の描写などを考慮すると結局はわからない。まぁ所詮は小説なので、こんなことを考えるだけ無駄だ。単純に面白ければそれで良い。医学に関して全く素人な俺が完全に的外れなことを言っている可能性も高いし。

 

上橋さんは後書きで「破壊する創造者」を読んだら本作のインスピレーションが湧いたと書いていたので、今度はそっちも読もうと思う。

破壊する創造者――ウイルスがヒトを進化させた (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)